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07.29
Sun
DSC_0101_20120729114256.jpg



涼風が絶えず吹き抜けるような
風通しのよい展覧会でした、、、、

後日アップします。


ご連絡、問い合わせはこちらまで。








どこからでもホームページにいけます。ご高覧くださいませ。


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07.27
Fri
120726_1415~02

個展が始まってもう金曜日。
たくさんのお客様がお出でになりました。


120723_1904~02

初日、和装で正装して決めて来てくれたお友達、

あまりに素敵なので写真を撮らせていただきました。
これに着物のコートの用なものをお召しでした。

素敵素敵、黒い着物ってものすごくシャープです。





120723_1903~03






今日も暑いのでしょうか?
涼風を
感じられる画廊内です。



浜田澄子展
SANSUIー大地への祈りー


3.11以降、荒ぶれている天地宇宙が鎮まることを祈念し、
今回の創作を敬意と感謝を込めて大地に捧げます。


2012.7.23(mon)~7.28(Sat)
11:00~19:00最終日16:00
初日18時よりレセプションを予定しています。


中和画廊
東京都中央区銀座6-4-8 曽根ビル3F
tel&fax 03-3575-7620


http://www.chu-wa.com/

いよいよ追い込みです。
今回は大震災以降荒ぶれる天地に作品を奉納するつもりで作ります。

よろしくお願いします!!

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07.23
Mon
昨日無事搬入終了です。


120722_0928~01
ものすごーく久しぶりに、大好きな川べりを散歩しました。



120722_0929~01

ふらふら歩いてます。




120722_0931~01

気持ちいいなあ。忙しくて中々これませんでした。
ゆったり自然を噛み締めて歩きました。、

120722_0941~01

わー。



120722_0941~02
すごいな。









浜田澄子展
SANSUIー大地への祈りー


3.11以降、荒ぶれている天地宇宙が鎮まることを祈念し、
今回の創作を敬意と感謝を込めて大地に捧げます。


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07.20
Fri
120720_1240~01
いよいよ明日搬入です。

最後の追い込みです。


120720_1239~01
小品まだじくじく作ってます。

その間に細かい用事が縫い針のように入ってます。

こうやって時間は過ぎて行くんだなあ〜〜〜
どんな雑務も光の時間だと思えば、生き生きできます。

奢らず侮らず丁寧に嬉々として諸般に望みたいものです。



浜田澄子展
SANSUIー大地への祈りー


3.11以降、荒ぶれている天地宇宙が鎮まることを祈念し、
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07.17
Tue
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川べりに住んでいると、しばし自然のすばらしい瞬間に遭遇します。



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黄金色に輝く草」。


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浜田澄子展
SANSUIー大地への祈りー


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07.16
Mon
仕事や制作の間に、1888年うまれの人を何故か調べる事が続いていました。明治21年、今から約125年も前の事です。
その中に大石順教尼という方がおられました。


大石順教尼は道頓堀付近の「二葉寿し」の次女として生まれ、幼少の頃、山村流に師事し、1899年(明治32年)、名取となる。1901年(明治34年)、堀江のお茶屋(貸座敷)「山梅楼」(やまうめろう)の芸妓になり「妻吉」と名乗り、その主人である中川萬次郎の養女となる。そこで舞を精進していたが、1905年(明治38年)、養父の萬次郎が内縁の妻に対する邪推から楼内で刀を振るい、6人を殺傷。世に言う堀江6人切りである。

事件に巻き込まれた妻吉は両腕を切断されながらも、一命をとり止めた。

この写真は惨劇の二日くらい前だそうです。
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その後、彼女は地方(じかた、演奏する芸妓)に転向し長唄、地歌などを披露しつつ二代目三遊亭金馬の一座などに入り旅の巡業をはじめるようになった。


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美しい方です。

この事件は凄惨です。妄想の果ての凶行です。彼女が何故両の手を切られても命があったかというと、彼女だけ逃げなかったんだそうです。
逃げた親族は首を切られたり散散だったと言います。

それでも彼女は口の中に刀を突っ込まれひとひねりされたために20カ所くらい顔も塗ったんだそうです。
気違い萬次郎(養父)は、6人を斬ると、すぐ自首した。
妻吉(大石順教尼)は高安病院へかつぎこまれ、わずかにつながっていた右手を切り離された。左手は萬次郎が一刀のもとに切り離していた。
警察からの取調べの最後に「お前は萬次郎を憎んでいるか」
妻吉は、萬次郎が自分を憎んで行ったことではないと知り、萬次郎が死刑になる身であること、これは自分の因縁があったと考えて、
「私は恨んでいない、萬次郎の骨を拾い法事もする」と申し出た。両親は気でもちがったのではないか、相手を切り刻んでもあきたりないのにと驚いたという。彼女は人を恨むとか憎むとかいうことをすべきではない、それはその人自身を苦しめるものだということです。と言ってます。

この方は、慈悲の心で、自分の両の手を刀でたたき切った養父に対し、死刑になる前に、監獄に面会に行き、義父を許し、義父の罪が軽くなるなら何でもしますと話したのです。

萬次郎から「最後の願いだ、会ってくれ」という手紙が来て、旅芸人をしていた妻吉は堀川の監獄へ面会に行った。
萬次郎は暫く沈黙していたが、「立派な舞踏の師匠にしたいと思っていたのに、両方の手を切り落としてしまい、すまないというだけでは死んでも死ねぬ。死後はあんたの霊となって守り、決して不自由させぬ」と言った。
「お父さんが護ってくださるなら、立派な人になりましょう。」といって別れたといいます。


その後いろんな艱難辛苦のたびに萬次郎の戒名をよみ、南無阿弥陀仏を唱えると「人に見えない大きな幸せが待っている、決して不幸せにならない」という信念が生まれたという。


妻吉は後に高野山に登り、尼となった。

彼女は口で字を書く技法を習得、1912年(明治45年)、日本画家山口草平と結婚、同年に長男、1917年(大正6年)に長女をもうけた。しかし、1927年(昭和2年)、夫と協議離婚し、身体障害者の相談を始める。
1933年(昭和8年)、妻吉は出家得度し、名を「順教」(じゅんきょう)と改める。以来、仏道の毎日を送る傍ら自分と同じ立場の身体障害者の世話をする福祉活動に励み、1947年(昭和22年)に佛光院を建立。また、長年培われてきた口筆による書画が入選し晩年までその道を全うした。1968年(昭和43年)、心筋梗塞により佛光院で入滅(死去)、遺体を献体した。

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見てこの無邪気な御お顔。
本当にご苦労された方って、生活感のナイ、若々しいお顔されてるんですよねえ。
それをちょい苦労した人がヤッカンデひがむ。
本当に苦労された方は突き抜けます。
顔に貧乏くさいところや、苦労がみじんもないです。

これは目安になります。
もし自分が生活にやつれ臭い顔になってるのだとしたら、
貧乏や苦労に絡めとられてると思った方がいいです。
自己憐憫に酔ってるだけだと思います。

いついつまでも素敵な顔がいいです。摂理にのっとっていたらみんな美人でみんなイケメン。



image_20120716011515.jpg





彼女は述懐してます。
一口に申し上げてしまえば、私は忍びやすい人生の出発に恵まれていたのだろうと思っているのであります。
それは一つには両手を失った『無手』の身であること。一つには何も知らない『無学』なものであること。一つには、どんな人ともひとつになれる貧乏な『無財』なものであったからであります。

 この三つの無形の財産が、私のゆく道に、どれだけ幸せにしてくれたであろうかを思い、しみじみと感謝しているのであります。」
 



彼女は言います、仏は平等に慈悲のみ手を垂れてくださる。人を呪わず、憎まず、人を愛し、己を愛すると、心が安らかになり、物質はそれとともに付いてくる・・・


この女性のこの生き方は本当の叡智を知る生き方だと思います。無学なんてとんでもない、宇宙の仕組みを凄惨な事件で踏み絵のように内奥から答えをつかんだのでしょう。


怨恨や情念よりは物事の摂理や本質に従って生き方を選択されたのです。

そして愛の生き方だとも思います。

彼女は離婚しましたが、聞けば旦那さんの女性関係だったとか、、、
しかしその相手の女性が病に伏せた時に、喉に詰まった痰を吸い取ってあげたりもしたんだそうです。

私には出来ないと思う前に、人間には誰もがこういう慈悲の心を内包しているのだと思うと、彼女が人としての先達だったと思えます。

今は大変な時代です。天地は荒ぶれ、原発は問題を露呈し、経済は揺らぎ、現象だけ追ったら厳しい時代です。


しかし明治中頃に生まれ、厳しい運命と日露戦争、第二次世界大戦から復興、高度成長、と時代の渦の中で愛と感謝と慈悲で過ごされた器の大きい女性が日本にもいらしたのです。

彼女に励まされ、怯える事なく、人生を喜んで生きたいものです







浜田澄子展
SANSUIー大地への祈りー


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07.15
Sun
20110722-117322_L.jpg





かっこ良くて、セクシーで、男臭くて、野生的で、シャイで、役者として気概があって、実は男にも女にも優しそうな人、、、、

原田芳雄さん、素敵すぎます。

かれの血縁だけが家族じゃないという言葉は、今、とても重要だと思います。


20110719200150.jpg


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本当にかっこいい人っているんだ。
でも今は一人一人が原田芳雄さんみたいな気持ちで生きなくてはいけないと思います。

焦らず、奢らず、嬉々として自分の生活をしようと思います。


浜田澄子展
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07.13
Fri
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もう追い込みです。野原で心をチューニング。



浜田澄子展
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07.13
Fri
1988年生まれの江口章子(北原白秋の2番目の妻)と同じ時間軸に生を受けた人を調べてたら、九鬼周造の名前がでました。

九鬼周造ってご存知ですか?
s-kuki1.jpg

江戸時代の「いき」(粋)を、独特な言い回しで本に記した方です。

粋な人とか言いますが、粋を一言で言うならば
気質・態度・身なりなどがさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気があること。また、そのさま。「―な姿」「―な柄」「―な店」

となります。反語が野暮です。
野暮とは、

人情の機微に通じないこと。わからず屋で融通のきかないこと。また、その人やさま。無粋(ぶすい)。「―を言わずに金を貸してやれ」「聞くだけ―だ」⇔粋(いき)。
2 言動や趣味などが、洗練されていないこと。無風流なこと。また、その人やさま。無骨。「―なかっこうをする」⇔粋(いき)。
3 遊里の事情に通じないこと。また、その人や、そのさま。
「―はいやなり。中ぐらゐなる客はあはず」〈浮・一代女・二〉




この方を調べますと

父は明治を代表する文部官僚で男爵の九鬼隆一。祖先は九鬼嘉隆。母は周造を妊娠中に岡倉天心(隆一は岡倉のパトロンであった)と恋におち、隆一と別居(のち離縁)するという事態となった。生みの父・隆一、精神上の父・天心、そして喪われた母という、この3人のはざまで幼少期・青年期の周造は成長していくこととなり、それは後の精神形成にも大きな影響を与えることとなったと考えられる。九鬼は子供の頃訪ねてくる岡倉を父親と考えたこともあったと記している。
1904年に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。第一高等学校独法科に進むも文科に転じる。東京帝国大学文科大学哲学科卒業後、ヨーロッパ諸国へ足かけ8年間ものあいだ留学。はじめドイツに渡り、新カント派のハインリヒ・リッケルトに師事するが、彼はそれでは満たされず、のちフランスに渡り、アンリ・ベルクソンと面識を得るなどし、彼の哲学から強い影響を受ける。その後ふたたびドイツに留学すると、今度はマルティン・ハイデガーに師事し、現象学を学んだ。九鬼は三木清や和辻哲郎などとともに日本でハイデガーの哲学を受容した最初の世代にあたり、「実存」といった哲学用語の訳語の定着をはじめとして、日本におけるハイデガー受容において彼が果たした役割は少なからぬものがあるといえる。また、ハイデガーの方も九鬼を高く評価している。
帰国してからは、1941年に没するまで京都帝国大学文学部哲学科教授として、デカルト、ベルクソンをはじめとするフランス哲学や近世哲学史、現象学を中心とした(その当時の)現代哲学などを教えた。
ヨーロッパの長期滞在の中でかえって日本の美と文化に惹かれていく自分に気づいていった彼は、帰国後、その洞察を活かして『「いき」の構造』(1930) を発表する。これは、日本の江戸時代の遊廓における美意識である「いき」(粋)を、現象学という西洋の哲学の手法で把握しようと試みた論文である。この著作が生まれた背景には、彼の生い立ちや独特の美意識、ヨーロッパという異文化体験、思想遍歴といったものが幾重にも交錯しており、そのことによってこの著作は、哲学書・美学研究書・日本文化論そのいずれの枠にも収まりきらない異色の書として、日本思想史上、際立った存在となっている。
九鬼は1941年に腹膜炎で死去し、京都の法然院で、谷崎潤一郎や内藤湖南らとともに眠っている。墓石の揮毫は同僚の西田幾多郎によるもので、側面には西田が翻訳も行ったゲーテの「さすらい人の夜の歌 "Wandrers Nachtlied"」の一節が刻まれている。
逸話 [編集]



九鬼は留学中、フランスで若きジャン・ポール・サルトルから個人的にフランス哲学・フランス語を教わっていた、という逸話がある。一方でサルトルの方も、この時九鬼から現象学などの哲学についての影響を受けたのではないか、という説がある。
九鬼が二度目に結婚した相手は祇園の芸妓であった。これには彼の生い立ちや独特の美意識が影響していたのではないかと思われるが、周囲では「九鬼先生が講義にたびたび遅刻してくるのは、毎朝祇園から人力車で帝大に乗り付けてこられるからだ」という噂がまことしやかに話されていたとのことである。
主な弟子に、日本で最初に、医学を主題に哲学講座「医学概論」を開いた澤瀉久敬(おもだか・ひさゆき、大阪大学名誉教授などを歴任)がおり、全集編集委員(他に天野貞祐ら)でもあった。


となってます。



」私が本を読んで印象深く思うのは、

例えば江戸時代の職人の女房が着飾って華美になるのは野暮なんだそうです。
きっちりしまった地味なお洋服でかいがいしくしてるのが粋。

お金持ちのお坊ちゃんがじゃらゃら華美に着飾ってるのは野暮。



なんとなく、一昔前のコムデのようなファッション、中間色と黒紫色の口紅みたいのが粋なのかとか思ってしまいました。


ブ相応に、きちんとまず生きる事から粋は始まるんでしょうか?


九鬼周造の 「いき」の定義は
 「垢抜けして(諦) 張りのある(意気地) 色っぽさ(媚態)」

うわあ、かっこ良すぎる。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000065/files/393_1765.html




やっぱり粋に生きたいですね。


今現在の私に響く言葉
人生論でおっしゃった言葉

(最高善とは神の愛と知と力との合体したものにはかならない。一切を愛し一切を知り一切を統一する力を有つことは「最も深い内包と最も広い外延を有つ生」である。)




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07.11
Wed
日本の近代が生みおとした稀有の大詩人北原白秋。

あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン

の作者です。


大人の歌では、私は横浜出身なので、小学校の遠足というと城ヶ島に行ったものですが、城ヶ島の雨と言う美しい歌があります。


雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の 雨がふる

雨は真珠か 夜明けの霧か それともわたしの 忍び泣き

舟はゆくゆく 通り矢のはなを 濡れて帆上げた ぬしの舟

えゝ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる 唄は船頭さんの 心意気

雨はふるふる 日はうす曇る 舟はゆくゆく 帆がかすむ



白秋は生涯に3人の妻を持ちました。
その中でも、白秋と貧窮と失意の時代を共にして、
多くの名作を生ませるもとを築いた二番目の妻に江口章子がいます。
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おおまかにいうとこんな感じの方です。
1888年、大分県国東半島・香々地町の酒造業を営む家に生まれる。
大分高女で学び、卒業後上京、平塚雷鳥の紹介で北原白秋と知り合い結婚する。 2番目の妻。
下積み時代の白秋を支えるが、数年後離婚。 その後再婚するが、離婚。
放浪に近い生活を送る。
最後は、心も体も病んで、生家の土蔵で一人死んでいく。 1946年。


もうすこし詳しく言うと、、、、
明治21年(1888年)、大分県西国東郡香々地町(現、豊後高田市)に三女として誕生。江口家は大阪通いの貨物船まで持った米屋・酒造業でした。小学校の通学に使用人がお供するほどの分限者でした。長じて大分県立女学校に主席合格。母の実家の威徳寺(瓜生島にあったが、瓜生島沈没後大分市勢家に再建の名刹)に寄宿して通学。卒業前に弁護士の安藤茂九郎に見初められて結婚します。夫が検事となって柳川に転勤しますが、この頃から夫の女遊びや酒乱に悩まされ愛想を尽かして離婚、故郷の香々地に帰ります。上京して女性解放運動の平塚らいてふを頼り青鞜社にはいり、野上弥生子や伊藤野枝、岡本かの子らと交友を持ち文学に親しみました。文学を通じて白秋と親しくなり、大正5年(1916年)に白秋と結婚します。

かつて「邪宗門」を刊行し、人気絶頂にあった白秋が、人妻松下俊子との恋愛事件により、名声は一朝にして崩れ落ちていきました。しかも、苦しい恋愛の後に結婚した俊子は、貧しい生活をきらい、去ってしまいます。



この傷手をやわらげてくれたのが江口章子との市川での静かな田園年生活でした。

000009502.jpg

 
二人の生活は貧しいけれど、幸せだった。

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ひとときの 
  君の友とて生まれきて
    女のいのち まこと捧げん

彼女が北原白秋に捧げたラブレター。
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白秋は「雀の卵」などの作品を生み出した。また、童謡などを手がけるようになったのもこのころから。白秋は世間に再度認められ文壇に復帰、その後も数々の名作を発表し、国民的詩人と呼ばれるようになった。この期間における章子の献身的な努力は世人に認められ、才媛として広く文人たちに知られることとなった。
 
生田春月という詩人が彼女の事をこう書いてます。


○ 江口章子さんをおもうと、私は不思議に、平安朝の才媛を想起する。
○ 初めて会った時の、ろうたけき若姿を、忘れることはできない。  
                          。
○ 章子さんは、趣味と情熱の詩人であった。
○ 昔の京の美となまめきを、そっくり持っている人。 (章子は、自分の祖先は京都だと思っている)
○ 平安朝の宮廷の貴夫人であったなら、その才とかたちとは、いかに多くの公達の心を奪ったであろう。
○ 和泉式部などが、もっとも近いように思われる。
○ 章子は、散文より詩の人である。

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北原白秋は病気がちの妻のために念願の洋館「木菟の家」を小田原に建設したが、「赤い瓦の洋館」の地鎮祭は園遊会をかねて、実に派手な催しとして演出された。これに参加するために東京からやって来た弟の北原鐵雄と義理の弟でもある山本鼎は、その派手な演出を見て驚いた。それを采配しているのが章子だと知ると、二人は、章子を呼んで、それを注意したというのだ。質屋に服を全部おさめてまで尽力した章子はいたたまれなくなり、東京へ帰る人々のために、国府駅まで仕立てられた自動車の一台に乗り込んで、家には戻らなかった。

 北原白秋との離別を決意した章子は、自宅に出入していた白秋付新聞記者池田林儀と一夜を明かす関係になった。その後池田林儀はベルリンに特派員として行ってしまう。

1920(大正9)年6月、章白秋と離別、谷崎潤一郎らの懸命の奔走にも関わらず、ついに白秋のもとへは帰らなかった。白秋はその後、佐藤菊子と結婚。

北原白秋の家を出た章子は、平塚雷鳥宅に行こうとしたが断られ、谷崎潤一郎のところに転がりこむ。破滅的な生き方をする章子ではあったが、全面的に依存された谷崎は、彼女を追い返すことはできなかった。谷崎潤一郎は章子に肩入れし 章子とよりを戻そうとする北原白秋との関係を絶ったほどである。


彼女は香々地へ帰ります。故郷へ帰ったものの、既に実家は没落し、江口家は養子の代になっていました。別府の「銅御殿(あかがねごてん)」に柳原白蓮を訪ねてしばらく身を寄せたあと放浪、西国巡礼の帰途大分市松岡の淨雲寺や木の上の少林を訪れています。大正10年(1921年)京都の大徳寺に入ります。2年後に一休寺の住職林山大空と三度目の結婚をしますが、2ヶ月後には出奔。
 そのころの歌

人間を枯れ木とおもふ吾ゆゑにこの山住みをさみしとはいはじ

 その後、大徳寺の僧・中村戒仙と恋に落ち同居、昭和5年(1930年)10月戒仙と結婚するも、禅僧は妻帯できないので章子は寺から一歩も外出できない生活が続きます。このころから精神を病み京都帝大病院精神科に入院、早発性痴呆症の診断を受けます。一ヶ月で退院し、詩集『追分の心』出版。1933年(昭和8年)大法要の時、章子は真っ裸で表に飛び出し木の下で座禅を組んだといいます。その後、脳溢血で半身不随となり、昭和13年(1938年)に離婚後卜部鉄心と同居、以降脳出血をくり返します。
 京都から再び故郷香々地に帰ったときは、身も心もずたずたになっていました。章子終焉の部屋は土蔵でしたが、ここは座敷牢のような部屋でいわゆる「食い中気」になり、糞尿にまみれて章子は一人で息絶えました。死因は脳軟化症。昭和21年(1946年)10月29日、雪の降りしきる朝だったということです。


終戦1年後、享年59歳でした。枕元には手あかで黒光りした白秋の『雀百首』が残されていたといいます。香々地には章子の歌碑が建てられています。


ふるさとの
  香々地にかへり 泣かむものか
    生まれし砂に 顔はあてつつ
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ん~~~、江口章子さん凄絶です。しかし表現者は晒してなんぼの仕事です。

ピュアとも言えるが凄絶な生き方すら、その人間のオリジナル、尊敬に値します。

しかし、今だって家を新築するのは大変な事だけど
どうして地鎮祭で親戚に注意されたくらいで
それが離婚の原因になるかなあ、、、、、

それにしても。


生きてさえゐればよいのじゃ赤蜻蛉


うわ~~~~~、スゴい。



いまから125年も前に生まれて、終戦の翌年に亡くなられた方ですが、ご冥福をお祈りいたします。

オリジナルってなんなんでしょうか?
私はそれぞれが自分固有のいろどりを、その本質にもとずいてのびのびと表現されることだと思います。
たとえ悲惨と周りから判断されようとも。










浜田澄子展
SANSUIー大地への祈りー


3.11以降、荒ぶれている天地宇宙が鎮まることを祈念し、
今回の創作を敬意と感謝を込めて大地に捧げます。


2012.7.23(mon)~7.28(Sat)
11:00~19:00最終日16:00
初日18時よりレセプションを予定しています。


中和画廊
東京都中央区銀座6-4-8 曽根ビル3F
tel&fax 03-3575-7620


http://www.chu-wa.com/

いよいよ追い込みです。
今回は大震災以降荒ぶれる天地に作品を奉納するつもりで作ります。

よろしくお願いします!!

ご連絡、問い合わせはこちらまで。








どこからでもホームページにいけます。ご高覧くださいませ。


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