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01.03
Sun
あけましておめでとうございます。

光の粒の時間

新年明けて三日目です。

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アメニモマケズ  

雨にも負けず

雨にも負けず 風にも負けず

 

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫な身体を持ち

 

欲はなく決していか瞋イカらず

いつも静かに笑っている

 

一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ

 

あらゆることを自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり そして忘れず

 

野原の松の林の蔭の

小さな萱葺きの小屋にいて

 

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

 

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

 

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

 

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろと言い

 

日照りのときは涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

 

皆にデクノボーと呼ばれ

ほめられもせず 苦にもされず

そういうものに 私はなりたい

 

 

宮沢賢治のこの詩にはモデルがいました。
参考:(人づてにもらったのですが、出典・URLが不明です。)
以下の文章に出てくる斉藤宗次郎が、宮沢賢治作の『雨にも負けず風にも負けず』の実際のモデルとなった人です。
斉藤宗次郎は、岩手県の花巻に1887年に禅宗の寺の三男として生まれました。彼は、小学校の教師になりますが、内村鑑三の影響を受けて聖書を読むようになり、洗礼を受けてクリスチャンになりました。しかし、それからが大きな戦いのはじまりでした。

 当時は、キリスト教は、「ヤソ教」「国賊」と呼ばれていました。彼は洗礼を受けた時から迫害を受けるようになり、石を投げられ、親にも勘当され、小学校の教師を辞めさせられてしまいました。それだけではありません。迫害の手は、家族にまで及んできました。近所で火事が起きたとき、全然、関係がないのに、嫌がらせで、放水され、家を壊されたことがありました。何度もガラスを割られることもありました。そして、さらにひどい迫害が起こりました。9歳になる長女の愛子ちゃんが「ヤソの子供」と言われてお腹を蹴られ、腹膜炎を起こして亡くなってしまったのです。亡くなる時、愛子ちゃんは、讃美歌を歌って欲しいと言い、讃美歌を歌うと、「神は愛なり」と書いて天に召されたそうです。

 宗次郎はそのような苦しみの中で、神様に祈りました。そして、彼は「御心がなりますように」とくじけることなく神様を信じ、神様に従い続けたのです。普通なら、迫害のない違う土地へ移るところですが、宗次郎は、むしろ、その土地の人々に神様の愛を持って仕えることを選びました。牛乳配達と新聞配達のため一日40キロの配達の道のりを走りながら迫害する人々にキリストを宣べ伝えました。10メートル走っては神様に祈り、10メートル歩いては神様に感謝をささげた話しはあまりにも有名です。

 そして、子供に会うとアメ玉をやり、仕事の合間には病気の人のお見舞いをし、励まし、祈り続けました。彼は雨の日も、風の日も、雪の日も休むことなく町の人達のために祈り、働き続けました。彼は「でくのぼう」と言われながらも最後まで愛を貫き通したのです。そして、1926年に彼は内村鑑三に招かれて、花巻を去って東京に引っ越すことになりました。

 花巻の地を離れる日、誰も見送りには来てくれないだろうと思って駅に行くと、そこには、町長をはじめ、町の有力者、学校の教師、生徒、神主、僧侶、一般人や物乞いにいたるまで、身動きがとれないほど集まり、駅長は、停車時間を延長し、汽車がプラットホームを離れるまで徐行させるという配慮をしたというのです。実はその群衆の中に若き日の宮沢賢治もいたのです。

 それは、彼が「御心がなりますように」と祈り、神様の御心に従った強い信仰と、どこまでも人々を愛し続けた愛の業がそうさせたのだと思います。この人こそ、東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば、行ってその稲束を負いという宮沢賢治の詩にあるようなことを普通にやっていた人でした。そういう宗次郎の生活ぶりを見ていた、宮沢賢治が、「こういう人になりたかった」という思いを込めて、「雨ニモマケズ」という詩を書いたのではと言われています。

「雨ニモマケズ」宮沢賢治
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ッテコワガラナクテモイイトイイ
北ニケンカヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ

http://www.asyura2.com/amenimo.htm  より

この詩はまた、私の心の奥深いところに光のように届きました。
そしてその精神を私なりに引き継ごうと思いました。

2015年の四角い宝石のテーマです。

四角い宝石について。
宝石は光り輝き、人の魂も引きつけ、身に付けることによって人の心が変わります。ダイヤモンドやサファイヤなどが人を虜にするのは、輝く光と吸い込まれる光が同居しているからだと思えます。
ダイヤを磨きカット面を作るように、何層にも塗られた色面の和紙片を画面に重ね、構築的で鉱物質なテクスチャーを創ります。紙でできているのですが、宝石を散りばめた印象が残るの工夫をします。繊細微妙な明暗や濃淡を孕んで移ろう色調を作り、和紙片群の重なりが刻む起伏やダイナリズムな構成を作ります。
そこに具体的な対象物が何一つ描かれているわけではないのに、もう一つの自然、もう一つの世界と呼んでみたくなる余情を作り込みます。
そうやって作った色彩は、一言で言えば光です。色彩は光そのものです。色彩の光は、輝く魂の光の暗喩であり、この世に生きているものの尊い存在の光です。存在の光は有限の生きることを照らし、また魂の内側から発光し出します。
光はまた喜びであり、美しさでもあります。

もしも生活に追われて本来の自分の存在の光を忘れてしまった人がいるならば、

またなんらかの事情で暗闇で傷んで喘いでいる人がいるならば、

四角い宝石が己の美しい光を思い出すきっかけになればと思います。

発光する美しい魂を自分自身が内包していることを実感できるきっかけになれば良いと思います。

私はそういう形で社会に還元できる作品を作りたいと思っています。






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