
激震の3月




3月が終わった。
おそらく歴史に残るような激震だろう。
地震津波放射能、作品も何も手につかなくなってテレビやパソコンに釘付けになってしまった。
この凄絶な爪痕を見て、心を痛めない人はいないだろう。人の心の奥底の扉が開いた気がする。深い慈悲心を皆持ったのではないだろうか。
計画停電ではパート勤務者には辛い事で勤務がずたずたになった。
しかし今まで東京は福島に電気を借りていたのだ。
本当に申し訳なく思う。
放射能の問題は天地が地球で繋がっている限り地球全体の問題だろう。
私は何処にも逃げ場がないのなら
放射能を吸ってもなるべく代謝を良くして体から出せばいいと思ってる。
そんななか、父が急に倒れたと思ったら亡くなってしまった。
今回の地震で相当な被害を被った宮城県南三陸町の親戚の安否を気ずかっていて、私が最後に電話で話した言葉は
『あそこは高台に家があるから大丈夫だよ~~おれは行った事あるけど海から1、5キロあるんだ」だった。
津波ゆうに4キロは超えたという事だから相当な広い面積だったが、奇跡的に親戚は無事だった。
しかし道路がズタズタで宅配便で物資を送ろうにもどこかで止まってしまうので、家の車で運ぶかと話し合っていた矢先のことだった。
しかし、前日まで普段と変わらずにしていて、あっという間に自宅で心筋梗塞で逝ってしまったのだから
とても恵まれた亡くなり方かもしれない。
なぜか亡くなる前の日、親戚がたくさん集まって、わいわいがやがや、なんだか懐かしいような、心が温まるような優しい気持ちになれた夢を見ていた。
生活に追われて何年どころか何十年も会っていない親戚もいるけど、なんか久しぶりに会うと、
親戚ってってあったかくていいなあと思いながら目が覚めたのだ。
事実お葬式はそんな感じになった。
そうこうしているうちに長女が家を出る事となった。
それは心から送り出したいが、収入面では今まで私と二人で支えていた物が私だけの収入になって
さあこの先どうしようかなと思っていたら、
板倉温泉大黒屋の現代アーとの公募展に入選していた絵が売れた。

なんというタイミングだろうか。
生かされていると思った。
今の私に出来る事は、今まで以上に家族を大切にして、また神様の代名詞になれるような深くて綺麗な、本質的な作品を追求する事だけだ。
色々難しい環境ではあるけれど
がんばろうと思う。
アートはすばらしい。
作るのも見るのも、心が喜ぶ。心の深いところがいやされる。
また知性のどこかが総動員する。
そんな仕事に従事して幸せだ。
このブログも、だからアートのある生活と名ずけたのだ。
この一ヶ月、そんなわけで書けなかったがこれからは今までよりより意識を持って、アートのある生活の日記を書こうと思う。
どうぞよろしくお願いします。
最近大好きなキースジャレットのthe wind
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